漫画『聲の形』を読んで思い出した「耳の聞こえない理容師さん」の話
先日、遅まきながら『聲の形』を漫画で読みました。
聴覚障害をテーマに、色んな人間同士の内面を描く、なかなかハードな話でしたが、本書を読んだ後、ふと現実にいた「耳の聞こえない理容師さん」のことを思い出したので、そのことを少し書いてみたいと思います。
目次
現実にいた「耳の聞こえない理容師さん」の話
出会ったのは中学時代
自分が「耳の聞こえない理容師さん」を強く覚えているのは、その背景に、中学時代の青春的なジレンマが一つあったからです。
それは「美容室に行ってみたいけど恥ずかしくて行けない」というものです。
平成ド真ん中の当時、都内辺境において、美容室は今ほどにありふれていなくて、それなりの高級感とお値段が、共に両立していた時代でした。(少なくとも中学生の目からはそう見えていました 笑)
また、床屋も今の時代ほど融通はきかず、理容室に行けば必ずといっていいほど「とっちゃん坊や」みたいな髪型にされて、思春期の中学生には、それがたまらず苦痛でした。
そのため、いわゆる「進んでいる同級生」は、こぞって美容室に行くようになり、そこでオシャレな髪型になって登校してくることは、なんだか一つのステータスみたいにもなっていました。
とはいえ、自分のなけなしのお小遣いで高額な美容室に行く気にはなれず、また、クラスでもだいぶ地味だった自分が美容室に行くことには少し恥ずかしさもあって、なんとも思春期特有の特別な憧れともどかしさを美容室に抱いていたわけです。
「耳の聞こえない理容師さん」に出会ったのはそんな時でした。
最初はかなり心配だった
ぼく、ゴメンな。今日は新人に切らしてくれるかな
いつもの床屋のいつものおっちゃんにそう言われて、「耳の聞こえない理容師さん」は突然に現れました。
……
見た目には普通の若いお兄さんでしかない「耳の聞こえない理容師さん」は何も言わず、ぺこりとお辞儀だけすると、黙々とカットを始めてくれました。
この人は耳が聞こえないから、なんか困ったら呼んでな
そう言い残して、おっちゃんは別の客のところに去っていきました。
正直、最初はちょっと心配でした。「耳が聞こえない人」も初めてだったし、「いつも切ってもらってるおっちゃん以外に切ってもらうこと」も不安だったからです。
しかし、そんな心配はあっという間に吹っ飛びました。なぜなら、そのカットは、あまりに素晴らしいものだったからです。
とても丁寧で、すごく素敵なカット技術を、初めて体験
いつもであれば、おっちゃんがザクザク切って、バリカンウィーンで終わるのが床屋でした。
しかし、「耳の聞こえない理容師さん」は、そんな雑なカットはせず、今までに体験したことがないくらい、丁寧なカットをしてくれたのです。
櫛を丁寧にさして、細かくカットをして、何度も鏡で確認しながら……
おそらく、なにかしら強いこだわりを持って髪型を仕上げてくれているのだということが、中学生の素人にもよくわかりました。途中経過を見ているだけでも、すでに見たことのないカッコ良い髪型になっていたし、そうして完成した髪型は、まるで同級生が美容室で切った髪型みたいに仕上がっており、とても嬉しい高揚感があったので、今でも鮮明に覚えています。
あらー、まだ長いんじゃない? もっと短くするか?
最後、おっちゃんがそんな風にカットインしてきそうになったので、
いや、大丈夫です。これが良いです! 大丈夫です!
みたいに、慌てて断ったのも、よく覚えています。
「耳の聞こえない」なんて心底関係ないと思った
店を出る際、お兄さんは
うぇうぃあ、うぃうぃあ~
という感じの言葉を初めて口にしたので、そこで「あ、本当に耳が聞こえないんだ」と思ったのも、よく覚えています。
でも、それは「ありがとうございました」と言っていたことは明らかにわかることだし、そんなことよりなにより、お兄さんのカットは、その時に憧れでもあった美容室のカットそのものだったので、「耳が聞こえない」なんてことより、「とにかく嬉しい」という気持ちしかありませんでした。
翌日、髪型を初めて褒められる
嬉しかったことを今でも覚えているのは、翌日に登校した時、友達に初めて髪型を褒めてもらったこともあるからです。
めちゃくちゃ似合ってるじゃん!
いつもその髪型にするべき!
どこで切ったの!?
などなど。
こうして髪型一つでわーわー騒げるのが、中学生の楽しみですよね。
そんな学生時代の嬉しい思い出の一つが「耳の聞こえない理容師さん」なのです。
後日談が少し悲しい…
それから2ヵ月ほどして髪が伸びて、またカッコよく切って欲しいなーなんて淡い期待を抱きつつ床屋さんに行ったら、今度はいつものおっちゃんが担当になりました。
あれ、そういえば前にいた耳が聞こえないお兄さんは?
やや遠回しにそんなことを聞くと、
少しの間お試しだったからね。今は他の店に行ってるよ
とのことでした。それを聞いて激しく落胆したのは、言うまでもないことです。もちろん、その日はバリカンよろしく、「とっつぁん坊や」な髪型にされて、翌日、誰からも褒められることもありませんでした…!
遅まきながら、お礼を言いたい!
当時の担当の方が、こんなネットの片隅にあるブログ記事を読んでいる可能性なんて、ほとんど0だと思いますが、自分は本当に嬉しかったし、とても感謝しています。
自分は今も昔も「耳が聞こえない」なんて全く気にしませんし、きちんと仕事してくれる人にはガンガン活躍してほしいとしか思いません。
まとめ
以上が、漫画『聲の形』を読んで思い出した「耳の聞こえない理容師さん」の話でした。
余談ですが、ネットで調べてみると、聴覚障害の美容師さんは細かいイントネーションが伝わらず満足できなかった、という方もいたみたいです。ただ、それは正直、聴覚障害どうこうというより、個人の資質だったり、店員さんと客の相性、という印象も受けました。たとえ耳の聞こえる人でも、イントネーションが伝わらないことはあると思いますし、なんだか合わない担当の方もいるからです。
少なくとも、中学時代に出会った「耳の聞こえない理容師さん」は、何も伝えずとも、大満足なカットをしてくれたことを、ここに明言しておきたいです。
自分としては、きちんと「仕事」に打ち込んで中身を充実させている方は、障害とか関係なく、とにかく信頼できるし、かっこいいと思います。