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葬儀の遺体を参列者が写真撮影することはマナー違反と主張します

先日、父の葬儀にて、親族の許可なく、勝手に遺体の写真撮影をしていた人がいました。注意をしてもやめてもらえず、非常に不愉快な思いをしました。

はっきり言って、遺体の撮影、それも許可なしの撮影は確実にマナー違反だと私は思いますので、本記事では、私個人の一方的に偏った考えを書かせていただきます。

葬儀で棺桶の遺体を写真撮影することはマナー違反。スマホ撮影はやめてほしい

遺体を撮影された時の体験談

まず、私自身の体験談を少し書かせて頂きます。

父親が亡くなった時の葬儀において、父の遺体の写真を撮影された方が一人、いらっしゃいました。

母はすぐに気がつき、声をかけました。

母「すみません、写真は止めて頂けますか」

撮影者「生前・・・本当にお世話になったんです」

母「ですけど、夫は、こういう写真は撮られたくない人でしたので・・・」

撮影者「生前・・・本当にお世話になったんです」

母「ですけど・・・」

撮影者「生前・・・本当にお世話になったんです」

母「はぁ・・・」(それ以上は揉め事になりそうだったので諦める)

その後、撮影者はスマホで撮影をした後、遺体に礼をして姿を消した。

いや、そこは母親に頭下げるところなのでは……?

いつもの自分なら、すぐに強めの指摘をしたところなのですが、穏便に済ませたい母の気持ちを汲んで、黙っておくことにしました。

しかし、今にしても思い返すと、ちょっとイラっとしてきます。

そもそも本当に関係の深い人であれば写真の一枚くらいは持っているはずですし、わざわざ死んでいる時の写真でなくても良いでしょう。また、父は自分の弱っている姿を人に絶対に見せたくない性格だったので、そういうことも知らない人って、本当に関係性の深い人だったのか、疑問にも感じました。

いくらお世話になったからといって、遺体になった写真を撮影する意味って、なんなのでしょう。「生前の写真を一枚もらえませんか」と言われたなら、まだ腑に落ちます。

ちなみに自分の生まれた田舎故郷では、遺体の写真を撮ろうなんて人はいません。代わりに形見分けといって、生前に親しかった人などが死んだ人の持ち物を譲り受ける風習があります。お世話になった人の物を大事に持つ、ということです。

いったい、この人はどういう考えで死体の写真撮影をしているのか、本当に理解に苦しみました。

そもそもお世話になったから遺体の写真を撮るって、何なの?

元来、死者は決して見世物ではないはずです。

もちろん撮影した人も、あちらこちらに見世物にしようなどとは考えていないと思います。きっと、ひっそりと思い出のアルバムにしまい、たまに見返したりするくらいのことが目的なのでしょう。

でも、それって、結局は、ただの自己満足でしかありません。

さらにいえば、故人を偲ぶ時、わざわざ遺体となった顔写真が本当に必要なのでしょうか。それより、生前の元気な時の写真を見返した方が当時の思い出は鮮明に蘇るはずです。

仏壇や遺影においても、遺体だった時の写真を残すなんて風習はほとんど見かけません。

死んだ人を写真撮影しようとする人は、せめて、遺族の人がダメと言ったら、素直に引き下がる配慮を持って欲しいものです。「お世話になったから」は、なんの免罪符にもなりません。

ついでにいえばスマホで撮影ってなに?

百歩譲って撮影を許可するとしても、その撮影機材がスマホだと、なんだかなぁ…と思ってしまいます。

まだちゃんとしたカメラを用意してきていれば、本当に撮影したかったのだろうと、少しは思うことができます。

しかし、そこでスマホをパッと持ち出されると、「最後だし珍しいし、なんとなく撮っておきたい程度の思い入れ」というように感じてしまいます。

死んだ人に本当にお世話になり、どうしても撮影したいという覚悟があるなら、一眼レンズのカメラを用意するなど、せめて、それなりの姿勢は見せて欲しいものです。

全員がそうとは言いませんが、ほとんどの場合において、スマホで遺体を撮影することは遺族への心象最悪だから絶対に辞めたほうが良いですと、私は主張しておきます。

参列者が遺族の写真を撮影して良いのは、遺族が二つ返事でOKをした時のみ

もちろん、中には遺体の写真をOKとする考えの人もいます。

たとえば海外ではそういう風習のほうが普通のようです。そのため、遺族がそういうタイプの人で、許可をしてくれたら撮影はOKだと思います。

もしくは、亡くなった方が遺言交じりに「おれが死んだら撮影して笑ってやってくれよ」など言い残していたなら、それもアリだと思います。

しかし、遺族の方が渋っていたり、ためらっている時は、頼むからすぐに撮影を諦めるようにしてください。

そこでしつこく食い下がり、「海外では普通」、「なにが問題なの?」、「うちの風習だから」とか、わけのわからない自己都合を押しつけないであげてください。それは完全にあなたの都合の話、いわゆる自己満足でしかありません。

ここは日本です。そこは親族の葬儀です。そして、あなたは喪主でもなんでもありません。ただの参列者です。そういう文化でないと許せないなら、今すぐ日本国籍を捨てて、それを良しとする海外暮らしを始めてください。

これまた偏った持論ですが、死んだ人のことを理由に、生きている人のことを思いやれないような人は、葬儀に参加する資格ナシだと思います。(死んだ人が善人で、親族がすべて悪人なんてドラマみたいなパターンの時は、また話は別ですが…。)

葬儀は思いやりの場です。

自分ルールを消して、死者と遺族のことを思いやって欲しいと思います。

マツコと有吉の怒り心党に激しく共感

こちら、ずいぶん昔ですが、怒り心党にも取り上げられた話題です。見ていた当時、本当に言いたいことを代弁してくれたなと、スッキリしました。

親族が遺体の写真を撮影する時のルールは?

下記のブログ様でわかりやすく記述されています。ご参考までに。

小さい葬式にすれば最初からヘンな人を呼ばずに済む

最近では、家族葬など、小さい規模でやる葬式も流行っています。

これなら本当に見知った人しか来ないので、かなり安心です。


まとめ

いかがでしたでしょうか。時代の流れと共に葬儀も変化していくとは思いますが、根底になくてはならない「思いやり」の部分だけは変わらないでいて欲しいなと思う次第でした。

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